ウィメンズクリニック神野

体外受精・顕微授精で悩んでいる方のために

はじめに
 私は体外受精・顕微授精が大好きです。1983年に体外受精を開始して以来40年間、その素晴らしい有効性と科学的な特性に絶えず魅了され、臨床と研究に邁進して参りました。好きこそ物の上手なれで、今では不妊治療がとても上手になりました。
 私が人生を捧げて頑張ってきた生殖補助医療(ART:体外受精・顕微授精などの総称)は、本来は、極めて有効な治療法です。ところが全世界のART成績の報告を見てみると、何と日本は、年間採卵術数は世界75か国中第一位(年231,030件)でありながら、採卵術あたりの累積出産率は第68位(日本:20.0%, 第一位の国:51.8%)と、驚愕の状況です1)。日本は技術大国と信じていた私は、大変ショックを受けました。同時に、この統計から、日本の多くの患者さんがARTで挫折し悩んでいると考えました。
 そこで本稿では、主として“体外受精・顕微授精で悩んでいる方のために”、さらには、より多くの“不妊で悩んでいる方のために”、大切な不妊克服の極意を解説したいと思います。ARTの有効性をフルに引き出すためには、ARTを行う側のみならず患者さん側にも多くの重要なポイントがあるからです。

本稿の内容
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~第一章~ 不妊の根本原因と自分達でできる不妊対策:年齢、生活習慣


(1)年齢について
figure1  女性の妊孕性は、20歳代前半にピークとなり、30歳より低下し、35歳以後著しく低下し、44歳でほぼ0に近づき2) 3)、平均51歳で閉経します。ARTの妊娠率も全く同様に低下し(図1 )4-6)、妊娠率低下が急加速する転換点は37歳と示されています5) 6)。こうした女性の妊孕性低下パターンは、400年前から今日に至るまで全く変わっておらず、さらに人種による違いもありません2)
 卵巣の卵子は、胎児のときに全て作られ、出産前までに全ての卵子が減数分裂第一期で眠った状態となります。出産後に卵子が作られることはほぼありません。出産後は日々、連続的に、多くの卵子が目覚めて発育を再開し、数か月の発育中に競い合い、排卵に至るか死ぬかの運命をたどります。こうして加齢とともにどんどん卵子は失われ、約1,000個残して目覚めなくなり閉経となります。女性の加齢による妊娠率低下の主原因は、卵子数の減少と、卵子そのものの老化による質的劣化です7)。さらに卵巣の卵子を育てる能力7)、子宮の着床・妊娠維持の能力8)などの老化も原因に加わりますが、子宮の老化の影響は卵子よりはるかに小さいです9)。現在の臨床では、再生医療で卵子を作れませんので、加齢による妊孕性低下を抜本的には治すことはできません。したがって、あたりまえなことですが、子作り(不妊治療も)はできるだけ若いときにするのが肝要です。少なくとも妊娠率が急激に低下しだす前までに完了しないと、厳しい状況に陥る可能性が増えます。
 とはいえ卵子数やその減少率には大きな個人差があるため、妊娠率が急激に低下しだす転換点(平均37歳), ほぼ0となる年齢(平均44歳), および閉経年齢(平均51歳)には、すべて約 ± 5歳の個人差があります。約10%の女性は、32歳までに急激に妊娠率が低下しだし、39歳までに妊娠しなくなり、45歳までに閉経すると推定されています10)。言い換えると、32歳までに妊娠するのをめざせば、90%の女性は安全ですが、依然として10%の女性は後手を引く可能性があるということです。このように年齢だけでは個人差があるため、皆に安全な子作り計画はできません。さらにまた、今の日本で当たり前の、“仕事が安定した30代半ばで結婚し、1~2年してから子供を作ろう”という考えが、いかに自然の摂理に反いた無謀なものかわかるでしょう。
 卵巣予備力低下(卵巣に残っている卵子が減少した状態)を示す検査結果として、血清抗ミュラー管ホルモン(AMH)値<2ng/ml、生理2~4日目の血清FSH値>10mIU/ml、生理2~4日目の血清estradiol値>70pg/ml、経腟超音波検査で卵巣の大きさが小さい、基礎体温の低温相短縮(生理開始から約9日以内に排卵してしまう)があります。これらの異常がでたときは、年齢によらず、直ちにARTに習熟した生殖医療専門医に相談しましょう。また年齢34歳を超えたなら、検査によらず、ARTに熟知した生殖医療専門医に相談すべきです。
 38歳~42歳のARTは、2021年に日本全体で行われたARTの38%を占めています4)。この38歳~42歳に対するARTは、決定的に運命を変えてしまう重要なものです。ARTが不成功のたび、次の妊娠率は加速度的に低下するため、ますます不成功を繰り返し、結局、挙児を諦めることになります。最高のARTで、一回で成功させないと、本来は子供を持てる運命だった人でも、持てない運命に変わってしまうのです。最高のARTとは、(1)患者さんを健康としてより良い卵子・精子を作れるようにし、(2)そのうえで各個人に応じた最適な卵巣刺激で最良の卵子に育て、(3)それを完璧で丁寧な採卵・IVF/ICSI・胚培養・胚移植を行うことです。その詳細は本稿の全章を読み終えたとき理解できると思います。
 38歳~42歳でARTを反復失敗すると、多くの医師も患者さんも、卵子が老化してしまっているからもうダメだろうと考えます。しかし当院でこの年齢層に対するrandomized controlled trialを行い、抗糖化ヒシエキス投与によるART出生率改善を検討したところ(次の章で詳述します)、出生率が対照群の16%に対しヒシエキス投与群で47%と、約3倍増加しました11)。約2.5か月のヒシエキス投与でAGE(老化物質)を低下しただけで生児が3倍も生まれるようになったことから、この年齢層の約半数の人は、卵巣の卵子を育てる機能のみが老化しており、卵子そのものの老化はまだ起きていないと分かりました。つまりこの年齢層は、まだ、生活習慣改善やヒシエキス投与などの抗老化療法で、その半数を救うことができるということです。
 44歳~46歳は、能力の残っている人のみが、完璧なARTを受けたとき、やっと出産に至ります。多くは4回以内の成功が多く、6回失敗したときは能力が残っていない可能性が高くなります。
 47歳以上は、今の技術レベルでは残念ながら類い稀な妊娠能力を保っている人のみが出産に至ります。
 しかしながら年齢や卵巣予備力低下で完全に妊娠不可能と簡単に断定することはできません。正常卵子がたった一つあれば妊娠の可能性があるからです。ギネス記録では59歳の自然妊娠出産があり、早発閉経の5%にその後の生涯で排卵が起き妊娠することがあります。したがってどんなに可能性が低くても、患者さんが十分納得の上でどうしてもARTを希望するならば、最後まで一生懸命頑張って良いと考えます。もちろん他の選択肢、つまり卵供与、養子縁組、give-upすることも十分夫婦で相談すべきです。
 15年ぐらい前までは、私は卵供与の反対派でした。本人たちの子供を作るべく、人生を捧げてARTに邁進してきた自分にとって、他人の若い卵子をもらって子供を作るなど不妊治療と思えなかったからでした。しかし長年頑張った末ついにダメで、どうしても子供が欲しいから卵供与を受けたいと願う患者さんたちに止めろとは言えませんでした。外国での卵供与による治療のお手伝いを10人以上し、その全員が妊娠しました。出産して1年後に患者さんたちがお子さんを見せに来てくれますと、全てのお母さんたちの顔は、不妊のときとは比べようもないほど光輝いて若返っていました。そのとき理解しました。子供が欲しいと言うひとが、本当に欲しいのは、遺伝子の繋がりよりも、子供との幸せな生活なんだと。女性は妊娠・出産を経験するので養子縁組よりはるかに愛情を感じます。男性にとっては本当の自分の子です。そして不妊のカップルは仲良しです(相性が悪ければ、とうの昔に離婚してますから)。ですから、子供との生活が始まると、幸せな人生が動き出すのです。だから顔が輝いているのだと。人生が救われるなら、卵供与も悪くないかもと考えが変わりました。もちろんいろいろ問題もあり得ますので、積極的に勧めはしませんが、頭ごなしに否定しないで一度は夫婦でよく考えてみることを勧めています。
 本章の最重要ポイントは、「子作りは(ARTも)可能な限り若いときにすべし」です。

(2) 生活習慣について
 不妊の根本原因は不健康です。全例そうとは言いませんが、ほとんどの症例にあてはまります。こんなことは大学で教わりませんでしたが、たくさん不妊治療をしているうちに25年前ごろから悟りました。以来、健康になる指導をすると、軽症なかたはそれだけですぐ妊娠しまうのを多く経験しました。不健康は、医学的に言うと、インスリン抵抗性(インスリンがよく作用しない状態)です。その詳細は第2章で述べます。
table2figure2  生物には2大命題があります(表2)。個体保存:生きること、生殖:子供を作ること、の2つです。当然、生きることが最優先ですから、生物の体調が悪く(不健康に)なると、生きる機能に十分なエネルギーを供給するため、生きるのに関係しない生殖機能を省エネします。そのため不妊が起きます。しかしさらに不健康が進むと、生きる機能も保てなくなり、病気・死が訪れます。人口の約20%の人で、健康度が不妊発症レベル以下にあり、不妊症が起き、さらに下がると病気となると考えます(図2)。
 遺伝的素因に加齢と悪い生活習慣が加わると、インスリンの効きが悪くなります(インスリン抵抗性;図3)。インスリン抵抗性は万病のもとで、広義のインスリン抵抗性症候群を起こします。インスリン抵抗性症候群とは、いわゆる生活習慣病のことで、糖尿病,高血圧 , 脂肪肝,高脂血症, 肥満,痛風, 動脈硬化, うつ病, 心筋梗塞,脳卒中, 癌, 多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)など多くの病気を包含します。私の経験では、男性不妊の多くもこれに属します。
figure3figure4  インスリン抵抗性症候群は氷山にたとえられます(図4)。インスリン抵抗性がどの臓器に起こるかで、臓器の機能障害から生じる症状が異なるため、異なる病名となりますが、病状が進めば多くの臓器にインスリン抵抗性が起きるようになり、多くの病名を同時に持つことになります。さらに重要なことは、まだ明らかな病状を表に出していない初期の潜伏している人が遥かに多く存在することです。診断はつかないが、なぜか調子が悪い、なんとなく子供ができないという人達です。これらの潜伏する軽症例は、これから説明する生活習慣の是正だけで妊娠してしまうことも多々あります。より重症例も、生活習慣の是正とともに医学的治療をすることで、妊娠率を遥かに増加することができます。
 不妊克服の要は、健康になることです。健康とは、インスリンが良く効く状態です。インスリン抵抗性は図3で示したように遺伝、年齢、悪い生活習慣でおきますが、遺伝も年齢も変えることができませんので、皆さんがすべきは良い生活習慣を徹底的に実行することです。良い生活習慣を表3にまとめます。この7項目は全て同等に重要で、相互に増強効果を及ぼしあいますので、全てを実行してください。
table3  歩行:毎日45分以上の連続した歩行をしてください。分割では効きませんので連続して45分以上歩いてください。朝が一番いいです。光の刺激で16時間後にメラトニンという眠気を催すホルモンが脳から分泌され、夜の睡眠が改善されるからです。朝がどうしても無理な人は、少なくとも昼間に歩きましょう。ほとんど歩かない生活をしていた人は、最初の日は10分から始め、毎日数分ずつ長くしていき、徐々に45分以上の連続歩行にもっていきます。急にすると関節や靭帯を壊すことがあるからです。またウォーキング用の靴を履きましょう。若くて余力のある方は、45分歩行になれたら、体幹、上肢の筋トレも加えてください。強い力よりは軽い負荷で多い回数する方が健康促進には有効です。また歩行中に“2~3分早歩きそして普通歩行に戻す”ということを5回繰り返すのも有効です。あるいは坂道を2~3回上り下りするコースを選ぶのも効果的です。
 体重:適正な体重になるよう食事量を頑張って調節してください。BMI = 体重(kg) ÷ 身長(m) ÷ 身長(m) を計算し、19~25(できれば23)を目指します。肥満だけでなく、BMI 18.5以下の痩せでも不妊が起きます。体重コントロールを成功させるためには、毎日体重を測り、必ず目に見えるところに記録し(私はカレンダーに記録してます)、現実を直視することが重要です。
 精神:happyでいること。脳は体を支配しており、脳が病めば体も病みます。精神科の研究で、恐怖や不快な映像を15分間見たA群と、楽しいや幸福な映像を15分間見たB群とで、インスリン感受性を比較すると、たった15分でインスリン感受性がA群では低下し、B群では上昇していました。ストレス対策は重要ですが、インスリン感受性が下がるのを防げたとしても、上昇はできません。インスリン感受性をアップするためには、笑わなければならないのです。幸せな気持ちでいるよう努力しましょう。しかし現実の生活では、嫌なことのほうが多いと思いますが、便利なことに脳は思い込みで機能を変える習性があります。朝起きたら、鏡に向かって自分に笑いかけましょう。笑うまねをするだけでいいです。すると脳は楽しいモードに舵を取り、インスリン感受性が上昇します。不妊で悩めて来たら、“悩むと益々不妊になる”と思い出してください。
 楽しさや幸せは、創意・工夫と努力で得るものです。例えば道路で100円拾ったとします。ある人は、「あと10円多く拾えば自販機で水が飲めたのに」と考え、一日中不快で過ごします。でもある人は、「10円足すだけで水が飲める」と一日中楽しい気分にいます。事実は同一で“100円拾っただけ”ですが、考え方で不幸にも楽しくもなります。
 不妊で悩んで人生を浪費してはいけないと思います。子作りは重要かもしれませんが、人生の本当の目的は生きることです。素晴らしい生は一度限りで、人間皆いつか死ぬ時がきます。不妊で悩んでいる間も時は止まらず、あなたの素晴らしい人生の今は過ぎていくのです。その時できることで、人生を楽しみながら、片手間で不妊と戦うぐらいに考えましょう。あなたが悩むより、不妊の専門医が考えた方が遥かに良い結果を生みます。優秀な専門医を見つけて悩みは任せ、あなたは好きなことを楽しむのです。あなたが全力ですべきは、7項目の生活習慣改善です。
 睡眠:早寝(夜10~11時までに寝る)、早起き(朝6~7時には起きる)で、7~8時間寝ること。睡眠はとても大切なものです。睡眠は疲れをとるだけでなく、昼間使った体の修理もしています。この修理をするには、神経系やホルモンによる命令が必要です。我々霊長類は夜行性でないため、本来眠る夜に修理の命令が出、朝には働けの命令に変わります。この日内リズムに合わせて睡眠をとらないと、上手に体が修復されず、それが続くと病気になるのです。遅寝は、たいていの場合、仕事から帰る時間が遅いためです。10時に寝るためには、7時に帰宅しなければ、継続できません。そのため会社との交渉が必要となり、軋轢を生じることもあり得ます。最終的には何かを諦めないとできないかもしれません。仕事、出世、昇給、などなど。しかし早寝早起きをしないと、不妊の次には不健康、病気が襲ってきますから、結局は良い仕事もできなくなることに気づきましょう。
 飲酒:飲みたくない人は飲まなくていいです。飲酒が好きな人は、一回飲んだら3日間全く飲まないでください。毎日飲むと、たとえコップ一杯のビールでもインスリン抵抗性が起きます。いつも飲酒する時刻の30分前ぐらいに、500 mlの炭酸水を飲むと、一気に飲酒の欲求が抑えられます。そしてあとはお茶などを飲んで夜9時頃を過ぎれば、もう飲みたくなくなります。それでも欲求が抑えられないときは早く寝るのです。朝には禁酒できた達成感と睡眠の改善を実感できます。
 禁煙:たばこは一本も吸ってはいけません。たばこは体の活性酸素を増やし、DNAを傷つけ、老化と発癌を促進します。男性が喫煙し、女性が全く喫煙しなくても、精子のDNA損傷を介して、子供の発癌が増加します。女性が喫煙すれば子供への影響はさらに深刻です。他人の煙を吸っても、直接喫煙とほぼ同等の害があります。夫婦ともたばこは一本も吸ってはいけません。
 食事:フレッシュな食材を使って、昔ながらに普通に調理し、栄養バランスの良い食事を、一日3回食べてください。保存食、レトルト食品、インスタント、外食弁当、ファストフードなどを多用してはいけません。保存食などにはAGE (終末糖化産物、老化物質で、第2章で詳述します)がより多く、食べたAGEは72時間後に2/3が体内に残留するため、AGEレベルが増加しインスリン抵抗性症候群が悪化します。また砂糖などの単純糖を食べると、急速に血糖が上昇し、食後高血糖を起こすひとがいます。この短期間の高血糖でもAGEが形成され、それが日々蓄積すればやはりインスリン抵抗性症候群が悪化します。砂糖をなるべく使わないでください。特に、糖の入った清涼飲料水は飲んではいけません。お茶か水を飲みましょう。食事はよく噛んで時間をかけてたべること。炭水化物は野菜と一緒に食べること。
 生活習慣の改善はたいへん重要で、聞けば納得できると思います。しかし持続して実行するのは、決して容易ではありません。それはあなたの今の生活習慣は、今までのあなたの生活に都合がよくできているからです。でもそれを続ければ不妊が続くわけで、あなたがたの望みを叶えるためにはどうしても改善する必要があります。重要なコツは、心底悟ること、必ず毎日すること(土日も祝日も正月も、病気の時のみ休憩を)、測定し記録すること、必要なら何かを諦めること、です。
 第一章の要点を表4に示します。若いうちに子供を作ること。健康的な生活習慣で良い卵子、精子にすること。そして早めに不妊専門医に相談することです。

table4
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~第二章~ 糖代謝の重要性:不妊対策=健康=抗老化=美肌


(1)インスリン抵抗性症候群(広義)について
 第一章で不妊の根本原因は不健康で、不健康とはインスリン抵抗性であり、その克服のためには生活習慣の是正が重要であると述べました。第二章では、さらに理解を深めるために、その背景にある糖代謝の重要性につき述べたいと思います。
 私たちの全身の細胞は、糖を燃やして(酸化して)出るエネルギーを使って、生きそして仕事をしています。エネルギー貯蔵庫である脂質を使うときも、最終的にはこの糖の燃焼機構(糖代謝)に流れ込んでエネルギーを作っています。つまり糖代謝は、我々が生まれてから死ぬまで、生きるためのエネルギーを得るために、常に使い続ける唯一無二の発電機と言えます。当然、長年使い続ければ、徐々に調子が悪くなります。これが老化であり、また多くの病気の原因となります。
figure5  今述べたことを、より科学的に説明します(図5)12)。インスリンは細胞のエネルギー産生機構を促進し、高エネルギー物質のATPを産生し、これを用いて細胞は生存し、かつ仕事をしています。しかしエネルギー産生の過程でどうしても少量の活性酸素種(ROS)が生じ、これが蛋白質, DNA, 脂質を酸化・糖化し、終末糖化産物(AGE)を形成します。AGEとは、糖がタンパク質などに結合し、さらに脱水、縮合反応を繰り返して、最終的に複雑な構造体となったもので、一旦できると分解除去されにくく、体内に長く沈着します。AGE化した蛋白質, DNA, 脂質は機能が不良となるため、細胞の防御機構がROS, AGEの形成抑制・分解をし、機能低下を防いでいます。またAGEは細胞外にも排出され、肝・腎にて分解排泄されます。
 しかし遺伝的素因, 不良な生活習慣,環境要因, 加齢でインスリン抵抗性やROS産生が過剰となると、ROSによる酸化・糖化は徐々に防御機構にも及び、その機能低下から次第に細胞のAGE蓄積が進んでいきます。さらに細胞外のAGEも、AGE-RAGE伝達経路を介して細胞内IR, ROS産生をさらに増悪させます。こうして細胞は機能障害(個体としては病状発症)、老化、細胞死に至ります。
figure6  以上述べたことの要点を簡易にまとめますと、老化やインスリン抵抗性症候群の主病因は、IR、ROS、AGEの悪循環です(図6)。IRがROSを増加し、ROSがAGE生成を促進し、AGEがIRをさらに増悪し、悪循環します。この悪循環が、IRによるエネルギー代謝不良とAGE化による諸種タンパク質の機能障害を加速し、病状を出すことになります12)-14)
 IRが起こっている臓器の機能障害が病状となり病名が付くため、卵巣, 子宮, 精巣ならば不妊症、筋肉, 脂肪, 肝臓なら糖尿病、血管壁なら高血圧症と病名がつきます。しかしひどくなってIRが複数の臓器に起きるようになると、複数の病名がつきます。糖尿病と高血圧症の合併が珍しくないのはそのためです。
figure7  さらに病状が進むと全身での悪循環も加わります(図7)。筋肉でのIRを補うためにインスリン分泌が増加しますが、他方、IRの軽い脂肪組織では過剰に脂肪合成が促進され、肥満が進みます。その結果、脂肪組織からの遊離脂肪酸(FFA)やサイトカイン放出が増加し、これが筋IRを増悪し、悪循環が生じます。さらにこの悪循環の末、膵臓のインスリン分泌能が疲弊すると高血糖が始まり、全身でのAGE, ROS産生が増悪し、これが膵インスリン分泌能、筋IR、肥満をさらに悪化します。
figure8  以上述べたように、不妊、不健康、老化は糖代謝異常(特にAGEの蓄積)を原因とした表裏一体のものと言えます。さらに肌のくすみ、弾力性低下なども皮膚にAGEが蓄積して起こることがわかっています。したがって良い生活習慣をすることは、不妊克服を可能とするだけでなく、同時に、健康、抗老化、美肌をも授けてくれるのです(図8)。

(2)終末糖化産物(AGE)蓄積と生殖補助医療(ART)成績
table5  ウィメンズクリニック神野で治療したART 157症例で、採卵時に血液、卵胞液中の諸種のAGE(toxic AGE [TAGE], pentosidine [Pent], carboxymethyl-lysine [CML])と皮膚のAGE量を測定し、ART成績との相関を解析しました15)
 血清TAGEと卵胞液中TAGE, Pent, CMLは、発育卵胞数, 血清E2値, 採卵数, 受精卵数, 胚数および良好胚数と、有意な負の相関を示しました(表5)。つまり血中および卵胞液中にAGEが蓄積しているほど、卵胞発育、受精、胚発育が悪くなります。
figure9figure10figure11  次にAGEと妊娠成否との関係を調べました。血清(serum)TAGEは非妊娠例で流産および継続妊娠例より有意に高く、卵胞液(follicular fluid)Pentは非妊娠例と流産例で継続妊娠例より有意に高いことが示されました(図9)。つまり血中や卵胞液中にAGEが蓄積しているほど、妊娠しにくく、かつ流産しやすくなります。
 AGEと年齢が採卵数と継続妊娠率に及ぼす影響を図10に示します。血清TAGEが高い女性(赤の折れ線グラフ)では、低い女性(黄色の折れ線グラフ)に比べて、採卵数も継続妊娠率も加齢とともにより急激に低下します。妊娠率の低下はすでに35歳未満で認められました。同様に、AGEと Day-3-FSHが採卵数と継続妊娠率に及ぼす影響を調べると、血清TAGEが高いと(赤いグラフ)、Day-3-FSHが正常(<10 IU/L)であっても、採卵数も継続妊娠率も著しく不良でありました(図11)。
 ここで重要な点は、day-3-FSHやAMHは卵巣に残存する原始卵胞数が著名に減少してからやっと異常となる指標であるのに対し、TAGEは卵胞数減少に先立ちその病因の一つとして上昇すると推察され、TAGEが上昇し始める早期に対処すれば卵胞が破壊され減少する前にそれを食い止めることが可能と考えられることです。
 以上の結果から以下の結論が得られました。(1)AGE蓄積は、卵胞発育,受精,胚発育の不良ならびに妊娠不成功と強く相関します。(2)血清TAGEと卵胞液 Pentosidineは、年齢, day-3-FSHと独立した重症卵巣機能障害の新しい指標であり、その早期診断に有用であります。

(3)AGE低下による新しい不妊治療法
 以上述べた如く、卵巣機能障害、着床障害、男性不妊の多くには、インスリン抵抗性(IR)症候群が根底にあり、IR、活性酸素種(ROS)、終末糖化産物(AGE)の悪循環(図6)がその主病因です。なかでもAGEは一度形成されると分解されにくく長く蓄積し、そのうえAGEはAGEを自己増殖できるため、この悪循環の要となります。そこでAGEの形成抑制や分解は、抜本的な新しい不妊治療法となると考えられます。
figure12  ヒシ科植物は古来健康増進に食され、漢方薬としても使われ、その抽出エキスはAGE形成抑制と分解をすることが示されています(図12)16)
 まず予備検討として、高齢ART反復不成功の32例(平均年齢42.2歳)に、ヒシエキス(林兼産業)を 2月内服後にARTを施行しました。その結果、臨床妊娠7例(22%)、流産1例、正常児出産6例(19%)を得ました(表6)。出産率19%は、同時期2012年の日産婦集計42歳ART生産率3.6%より有意に高いと示されました。
table6  そこで次に、倫理委員会審査承認、臨床試験登録(UMIN000017758)、説明と同意の上、前方視的無作為試験を行いました11)。38~42歳、1~3回目のART症例を、ヒシエキス(プレグナサポート、林兼産業)投与群と非投与群(対照群)に振り分け、2月後にARTを施行しました。
 卵発育能の比較を図13に示します。赤がヒシエキス群、黄色が対照群です。受精率、胚形成率、良好胚形成率、さらに良好胚の占める割合も、すべてヒシエキス群で有意に高く、ヒシエキスは卵胞発育を改善し、卵の発育能を向上することが示されました。
figure13figure14figure15  生産率を図14に示します。卵発育能と子宮着床能の改善により、ヒシエキスは、患者あたりの累積妊娠率およびARTの生産率・着床率を有意に数倍増加しました。さらに、ヒシエキス群の出生児に異常はなく、体重・出産週数も対照群と差がありませんでした(表7)。
table7table8table9  血清AGEの変化を図15に示します。ヒシエキス投与はMG-H1とCMAというAGEを有意に低下しましたが、対照群では有意な変化がありませんでした。卵胞液中の諸種AGEの比較を図16に示します。ヒシエキス投与は卵胞液CMAを有意に低下しました。
 以上より、以下の結論が得られます(表8)。ヒシエキスは、AGEを低下し、卵発育能と内膜着床能を向上します。その結果、高齢者ART出産率を著しく増加します。さらに本研究から推論される重要なことは、「38 ~ 42 歳の妊娠能力低下は、半数近くの人で、まだ卵子老化からの不可逆的なものではなく、AGE 蓄積による卵巣・子宮の機能低下であり、まだ治療可能なことが多い」ということです。
 最後に、ヒシエキスについてさらに知りたい方へ助言いたします(表9)。ヒシエキスを使いたい方は、必ず生活習慣の是正を同時に行わなければいけません。サプリは補助ですから、あくまで良い生活習慣こそが根本的な不妊対策です。良い生活習慣を続けながらサプリで補助すると、効果がさらに増すのです。「サプリを飲むから、面倒な生活習慣の是正はしないでいいや」などと考えては絶対にいけません。
 老化はAGE蓄積が主原因であるため、AGEの形成抑制および分解除去は、それぞれ抗老化および若返りを意味します。1990~2000年ごろ盛んにAGE形成抑制剤と分解剤が世界で開発・研究されました。形成抑制剤は臨床テストのphase 3までされ、糖尿病治療に有効性が示されましたが、腎腫瘍の副作用が払拭されず、臨床応用は中止となりました。また分解剤は犬の大動脈の動脈硬化による弾力性消失を約半年分の若返りに匹敵するだけ回復させましたが、臨床応用にはなりませんでした。その後は、私の知る限りでは、AGEの治療的臨床研究はあまり行われていません。ヒシエキスは1000年以上前から食用、お茶や漢方薬として使われており、非常に安全で、今回の研究でも母児ともに安全でした。しかもAGEが血中および卵胞液中で低下すると証明されました。つまりヒシエキスは世界最初の安全で臨床効果のあるAGE低下薬と言えます。この発見が契機となり、不良長寿の妙薬や新しい糖尿病治療薬の研究が進むことを強く期待したいと考えます。

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文献

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